3日前、いつもの通り道を車で走っていると、休校から解き放たれた小学生(1年生から6年生くらいの5~6人)が、道路の左車線の中央当たりを見ながら、私に向かって、全身で「向こうに行け!向こうに行け!」と言ってきました。
必死に!
それはもう必死に!
一瞬、何が起こっているのかわかりませんでしたが、道の中央には「アゲハちょう」が横たわっています。
華麗でもないハンドルさばきで、ちょうちょうを避けて通り過ぎました。
彼女たちは、ちょうちょうを助けようと必死だったわけです。
バックミラーを見ると、後続の車にも同じことしています。
その時、3年間取り組んできた「ふくしの寺子屋プロジェクト」で実施した公開・出前授業後の子どもたちの言葉を思い出しました。
ふくしの寺子屋プロジェクトとは、
➊子どもたちの福祉の心を引き出す
➋子どもたちの教育を通して、親や先生の福祉力アップを図る
➌介護・福祉の世界を目指す子どもを増やす
ことを目的に、小学5年生以上を対象に「福祉」について感じ・考え・語る(教えない・伝えない・導かない)「授業」を実施するものです。
子どもたちは、この授業を受けた後、こんなことをアンケートに書いています(ほんの一部を抜粋)。
◆この授業を受ける前は、福祉は難しいことだと思っていたけれど、私たちでもできて困っている人のためになれるということが分かりました。
◆誰かのために自分ができることは何か、自らが何をしたらいいのか、みんなで協力すると何ができるか、を考えてすることすべてがということが分かりました。
◆授業を受ける前は、福祉に「難しそう」というイメージを持っていたけど、授業を受けると、福祉は身近なところにたくさんあって、「人を笑顔にさせることができるんじゃないかな。」と思いました。
これらは、福祉の本質の1つをを示している気がします。
つまり、福祉は難しいことではなく誰でも体現化が可能で、身近にあるものであるし、人を笑顔(倖せ)にすることなんだ、ということです。
教えず、伝えず、導かない授業で、こんな回答があったということは、元々子どもたちの中には、福祉の心が備わっているということです。
コロナウイルスでしんどい目にあったにもかかわらず、ちょうちょうを助けたいと必死になっている小学生たちに、ちょうちょうを救いたいと行動している子どもたちに、もう一度「福祉とは何かを考えろ!」と課題を突き付けられた出来事でした。
子どもたちがこの心を忘れてしまわないように、私たち大人が背中を見せていかなければなりません。